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吉祥寺の人気菓子店「タタン」閉店-建物取り壊しで

店主の渡部さん(左)と家主の阿部さん

店主の渡部さん(左)と家主の阿部さん

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 吉祥寺第一ホテル近くの住宅街にあるチーズケーキと焼き菓子の店「tatin(タタン)」(武蔵野市吉祥寺本町2)が12月4日、建物の取り壊しのため閉店した。閉店当日は、閉店を惜しんで買い物に来た60~70人が行列を作り、その後数時間客足が途絶えなかった。

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 タタンは2007年6月にオープン。店主の渡部まなみさんが約7畳半の小さな店舗で、チーズケーキやクッキー、サブレ、季節のタルトなどを1人で作り販売してきた。1日15ホール限定のチーズケーキは開店後数時間で売り切れるなど、口コミで評判が広がり、行列のできる吉祥寺の名物店になった。

 それでも初めの1年ほどは来客もまばらで、時間を持て余すことも多かった。集客方法が分からず自ら情報誌などに売り込んだ結果、一時的に客の数は増えたものの、インターネット上にネガティブなコメントが書き込まれたこともあった。チーズケーキの評判が先行し、チーズケーキ目当てで来店した客に「また売り切れ?」と怒られたりもした。「望んで始めたこととはいえ、全てを1人で受け止めねばならないのはこんなにつらいのか」と落ち込むこともあったという。

 そんな渡部さんを支えたのが、家主の阿部潮音さんや近所の人たちだった。阿部さんは買いに来た人の目を楽しませようと、外壁にからまるバラなど季節の草花の世話を続けた。仕込みに追われる渡部さんに夕食を差し入れることもあった。近所の常連客は「大丈夫よ」と、いつも声を掛けてくれた。その温かさが身にしみて「支えてくれる人たちに喜んでもらいたい」と奮起。パソコンでコメントを検索する時間を菓子作りの勉強に充てるようにしていくと、悪い評判も気にならなくなった。

 開店から1年半ほど過ぎたころから、渡部さんが特に好んで作ってきたフィナンシェがよく売れるようになった。「自分の思いが伝わっているのかな、続けてもいいってことかな」と思えた。同じころ、自転車で通える場所に引っ越してからは毎朝7時に出勤し、日付が変わるころまで仕込みを続けた。「自分の時間がなくなっても苦痛じゃなかった」

 時々地方でのイベントに参加したり店でイベントを開催したりしながら、自分のペースで仕事を続けてきたが、今年9月、阿部さんに建物の取り壊しを告げられた。それまでに話題になったこともあり覚悟していたつもりだったが、「店がなくなると何も残らない」と悲しくなり、誰にも告げずに閉店しそのまま消え去ってしまおうかと思った。だが「出会った縁やお世話になったことはなくならない。感謝の気持ちを伝えなければ」と考え直した。

 知人もつてもない吉祥寺で2006年10月、チーズケーキの路面販売を始めた渡部さん。店舗を持つことになったのは、それまでの常連客だった阿部さんの息子一家が、空き部屋の提供を持ち掛けたのがきっかけだった。街にすっかりとけこんだ今、5年余の月日を振り返ると、「感謝しか思い浮かばない」という。焼き菓子を買った人が数分後に店に戻ってきて、「おいしいからもっと」と同じものを買ってくれたこと、東日本大震災の翌日、千葉・幕張から歩いて帰ってきたという男性が帰宅前に立ち寄り、「開いていて良かった」と家族へのお土産を買っていったこと…、いろいろな場面が浮かぶ。

 「食べ物屋さんになりたい」との幼いころからの夢をかなえた渡部さん。今後については未定だが、どこかで再開を目指すという。「広い原っぱの中の一軒家で店を開くのがいつかの夢。私には菓子作りしかない。おばあちゃんになっても作り続けていたい」。今後についてはホームページに掲載する予定。

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